朝鮮民族の独特な風習として足叩き”を挙げることができます。 おそらくほとんどの日本人は知らないだろうし、在日でもこれを実際に見て知っている人は60代以上のお年寄りでしょう。 私は足叩き”と覚えていたのですが、最近になって『ポッタリひとつで海を越えて』という本で、「東床礼」という言葉であることを知りました。 そこでは次のように説明されています。
新婚旅行を終えて新婦の家に戻って来た新郎を裸足にして足首をくくり動けなくして、新婦の親戚や友人たちが質問攻めにする。 「何しに来た?」と聞いて「嫁を貰いに来た」と答えると「泥棒だ!」と、寄ってたかって新郎の足の裏を乾いた明太や棒で叩き、なれそめや新婚旅行でのあれこれを白状しろと迫り、答えられないと「答えろ」と叩き、曖昧に答えると「はっきり答えろ」と叩き、うそを言うと「正直に答えろ」と叩く。 最後に新郎を救うのは、新婦の母で「そろそろ許してあげなさい」と皆に料理をふるまう。 幸せな新婚の二人をからかって親睦を図る「賀礼」の一つだ。 在日朝鮮人のコミュニティーでも1980年代ころまで行なわれていた。
かつて朝鮮半島の北側、平安道地方では新郎に漢詩を詠ませ、うまく詠むとまたほかのお題を呈示して何度も詩を作らせた。 そのためこの地方では新郎に漢文が得意な親戚が同伴するのが常だったという。 詩を披露した後、新婦の家では知識の豊富な婿を得たと料理をふるまった。
東床は婿のことで、この呼び方は中国の故事に由来し、朝鮮語では婿を「東床」とは言わない。 (以上、小泉和子編著『ポッタリひとつで海を越えて―在日コリアンの生活誌』合同出版 2024年9月 218・219頁)
「新郎を裸足にして足首をくくり動けなくして‥‥寄ってたかって新郎の足の裏を乾いた明太や棒で叩き」とあるのが、正に足叩き”です。 こういう説明を読むと、おふざけでやるものだから大したことないと思われるでしょう。 確かに悪ふざけなのですが、叩き方が半端ではありません。 逆さ吊りにして本当に思いっきりの力で叩くのですから、まるで暴力沙汰のように見えます。 そして新婦側が「もう止めて!」と頼むまで叩き続けるのです。
新婦が足叩き”風習を知らない時があります。 その場合、新婦はその暴力沙汰に驚いて泣いてしまって「止めて!」と言えず、今度は足叩き”している男どもがいつまでも叩き続けるしかなかった、というような話もありました。 また足を叩かれた新郎は何日も歩くことができず、何ヶ月経っても足を引きずっていたという話もありました。 10年ほど前にヒットした韓国映画『国際市場で逢いましょう』には、足叩き”の場面が出てきましたね。
『ポッタリひとつで海を越えて』では、在日の結婚での足叩き”を実際に見た人の話が出てきます。
(1951年)結婚の祝いは三日三晩続き、余興も出た。 ‥‥余興は新郎を酒の肴にして冷やかし、足の裏を叩いたりする遊び(東床礼)をした。 三日三晩も自宅で宴をすると料理作りや後片付けが大変なので、今は専用の式場を使うようになり、東床礼の遊びもなくなったが、昔は娯楽が少なかったから、大変だと言いながら、結構楽しんでいた (同上 219〜220頁)
(1976年)結婚式では東床礼という余興も行なわれた。 トンサン(東床)とは新郎を指し、新婦が西側に立つ慣習からきている。 式に参列した独身の若者たちが新郎をやっかみ、「どこで知りあったか」「いつ手を握ったか」などと聞きながら、細い枝や、紙を細い棒状にしたもので新郎の足を叩き、告白させるものである。
きわどい話になると新郎はなかなか言い出せない。 それで新婦が助けに入る。 するとますます足叩きが始まる。 そこで新郎は新婦の母に助けを求め、かわいい婿を救うため、新婦の母がさらに客に酒や肴を勧めるという趣向である。 (以上、同上 221頁)
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