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〓 朝鮮の青年たちが朝鮮服の大人に墨を振りかける
金時鐘さんによれば、1939、40年頃の済州島では、朝鮮の青年たちが朝鮮服を着ている大人に噴霧器で墨を吹きかけていたそうです。 ところが金さんの父親はそんな社会の雰囲気の中で、悠然と朝鮮服を着て町を出歩いたといいます。
昭和14、5年と言えば朝鮮服のいでたちで町に出るのはなんとも肩身の狭い時代です。 ところが父は臆するどころか、相も変わらぬ周衣(トルマギ―朝鮮服の外套)姿で町を出歩き‥‥ 町なかでは青年団の若者たちが、もちろん朝鮮の青年たちでありますけど、朝鮮服で出歩く同胞の衣服にさかんに噴霧器で墨を吹きかけて回っていましたが、父は悪びれるどころか悠然と、そのただ中を行き来していました。 ‥‥父は一度も服も顔も汚さずに済みました。 (『朝鮮と日本を生きる』 17・18頁)
ここで疑問は、朝鮮人は昔から長幼の序が厳しい民族なのに若者が街を歩いている朝鮮服の大人に墨を吹きかけ回っていた”なんてことが本当にあったのか? また同じく朝鮮服を着ていた金さんの父親はそんな若者の乱暴狼藉を見ても「悠然とそのただ中を行き来していた」というのは本当なのか? それにこれは当時としても犯罪ですから、警察は取り締まらなかったのだろうか?という疑問も出てきます。 さらに金さんは次のような記述もしています。
毎月の8日には割り当てられた地区住民の、総出の神社参拝がありました。 小高い丘の頂上にしつらえてある護国神社の急な長い石段をぞろぞろ、普段着のままの朝鮮服のお年寄りたちがダラダラ登ってゆくのです。 (同上 45頁)
当時の朝鮮人たちは神社参拝を強制されて、「朝鮮服のお年寄り」が動員されました。 この時、朝鮮の青年たちはこんなお年寄りに墨を吹きかけなかったのだろうか? 疑問がどんどん広がります。
つまり朝鮮の若者が朝鮮服を着た人に墨を吹きかけたというのは、金時鐘さんが自分の目で実際に見た光景ではなく、想像をたくましくして記述されたのではないか、という疑問ですね。 (終わり)
金時鐘さんの著作を読み、彼の追想というか体験談にはあまりに疑問点が多いことを発見しました。 拙ブログでその主なものを書いてきました。 18回にもなります。 まだまだたくさんあるのですが、もうこれで終わりたいと思います。
金時鐘氏への疑問(1)―在留資格 [URL]
金時鐘氏への疑問(2)―韓国戸籍・墓参り [URL]
金時鐘氏への疑問(3)―教員免許・公務員就職 [URL]
金時鐘氏への疑問(4)―日本語・創氏改名 [URL]
金時鐘氏への疑問(5)―政党加入・4・3事件 [URL]
金時鐘氏への疑問(6)―4・3事件(その2) [URL]
金時鐘氏への疑問(7)―4・3事件(その3) [URL]
金時鐘氏への疑問(8)―西北青年団 [URL]
金時鐘氏への疑問(9)―韓国否定と北朝鮮容認 [URL]
金時鐘氏への疑問(10)―北朝鮮批判と擁護代弁 [URL]
金時鐘氏への疑問(11)―スキー客・新井鐘司 [URL]
金時鐘氏への疑問(12)―崔賢先生 [URL]
金時鐘氏への疑問(13)―石鹸工場・民戦 [URL]
金時鐘氏への疑問(14)―吹田事件
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