以前のブログ [URL] で、「草墳については後日に紹介します」と予告しました。 今回はこの「草墳」について、お話します。
今の韓国では火葬が増えてきて土葬を上回るほどになっていますが、植民地時代にはほとんどが儒教式の土葬であり、火葬は仏教僧侶ぐらいとされていました。 ところがそれ以外に「草墳(〓〓)」という古代から続く伝統的な葬法があり、李朝時代ではその伝統が全国的に残っていたことはあまり知られていないようです。 植民地時代に抑制されたために「草墳」は減り、全羅南道の島嶼部に残るだけとなりました。 それでは「草墳」とはどういうものなのか、先ずは10年ほど前に刊行された『新版 韓国・朝鮮を知る事典』にある説明を見ていきしょう。
〓〓(草墳)― 韓国南西部・全羅南道の多島海地方で広く行われていた葬制。 草殯(〓〓)などともよばれ、複葬制・洗骨葬の一種と考えられる。 遺体を納めた棺はすぐに埋葬せずに、山林や海岸、耕地の隅などに移し、地面や石、床几などの上に安置する。 上を藁や樹皮などで覆い、1〜3年間置いてから、肉の落ちた遺骨を取り出して浄め、正式の墳墓に埋葬する。 類似の葬法は《三国志》魏書東夷伝や《隋書》高句麗伝などにも散見され、朝鮮時代までは全国的に行なわれていたとされるが、全羅南道の南西海岸・島嶼地域では、この地方独特の巫俗とも結びついて遅くまで残り、2000年代に入ってからも、実例が記録・報告されている。 起源については、南方文化の伝播など、いくつかの説がある。 (平凡社『新版 韓国・朝鮮を知る事典』2014年3月 377頁)
「草墳」は、遺体に藁や草で覆っておいて2・3年ほどかけて肉を削ぎ落として骨だけにし、その遺骨をきれいにして土葬するというものです。 これは日本で刊行された辞典での説明ですので、韓国ではどのように説明されているのか、『韓国民俗大百科事典』 [URL] を訳してみました。 なおこれには草墳の写真が掲載されていますので、是非URLを開いてご参考ください。
草墳
【定義】 遺体をすぐに土に埋めるのではなく、石や木の上に棺を置いて、藁で作った小屋のような形態の臨時的な墓。
【歴史】 遺体を埋葬する前に臨時に安置する殯葬の一つの形態として、古代社会の時から行なわれたものと推定される。 一部の文献記録に草墳についての記録が見えるが、具体的な事例と痕跡を見つけることは難しい。 朝鮮時代末期と日帝強占期の初期までは全国的によく作られていた。 しかし日帝強占期以降、衛生法の制定と火葬の奨励、および草墳の禁止で徐々に消えていった。 1970年代、セマウル運動の影響でほとんどが消えた。 しかし2000年代の初めまで、西南海地方の一部の島嶼で草墳が作られ続けた。
【内容】 草墳は村の近くの山の麓や畑で作られる。 人が死ねば、遺体を正式に土に埋めるのではなく、入棺した後に石や木の台の上に棺を置いておいて、藁などで覆って作る。 藁などで棺を覆った上に、ヨンマルム(藁束を組んで作った覆い)を覆って草ぶき家の屋根をあげるように縄で組んで縛り、四方の端に石を結んで風で飛ばないようにして仕上げる。 そして松の枝を組んだ囲いを周囲に回して、獣が接近しないようにした。
草墳は毎年藁を交換して補修した。 草墳を作ってから2〜3年あるいはそれより長い歳月の後、肉が腐ってなくなっていたら、骨だけ取り上げてきれいに洗ってから、また棺に入れて土に埋める。 すなわち草墳は遺骨を処理する前に身の肉を処理する方法で、洗骨葬の一種である。 また本格的な葬礼を執り行なう前にする殯葬の一種であり、複葬制の遺習である。
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