1970年代に、朝鮮総連の方と話をしていた頃のことです。 当時の在日朝鮮人は日韓条約に基づく協定永住権を得るために朝鮮籍から韓国籍へと替える人が多かった時で、朝鮮総連はこれに危機意識を持ち、韓国籍への切り替え阻止の運動をかなり激しくやっていました。 ですからその総連の方も、なぜ韓国籍を取るのが間違いであるかを一生懸命に説明してくれました。
それは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にこそ国家正統性があるのであって、南朝鮮(大韓民国)には国家正統性がないということでした。 もう少し詳しく言うと、1948年に朝鮮全体で選挙を行なって代議員を選出し「朝鮮民主主義人民共和国」の樹立を決定した、それに対しアメリカ軍が支配する朝鮮南部では最初から北を無視して南だけの単独選挙を強行させて「大韓民国」という傀儡政権をつくったもので国家正統性はないという説明でしたね。
その時私は、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮全体で選挙した結果樹立された国家であるのに対し、大韓民国は南半分だけの選挙で樹立したのであるから韓国より北朝鮮の方に正統性があるし、北朝鮮が統一を目指すのは当然のことだと思いました。 ですから韓国を表示する時、総連の主張するように必ず「韓国」と括弧を付けていたのでした。
それから今までこのこと(正統性)にさほど関心を持たなかったのですが最近になって、朝鮮民主主義人民共和国を正統であることの根拠として挙げられた全朝鮮での「選挙」について、米軍政下にあった南朝鮮ではどういう「選挙」をしたのかが気になり、ちょっと調べてみました。
実は南朝鮮では「地下選挙」で選ばれた代表者が海州という所に集まって「人民代表者会議」を開いて最高人民会議に出席する代議員を決め、そして南北の代議員が集まった「最高人民会議」で「朝鮮民主主義人民共和国」の樹立が決定された、という経過でした。
金石範・金時鐘『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』(平凡社 2015年4月)という本の中に、文京洙さんが南での「地下選挙」とそれに続く人民代表者会議「海州会議」について、次のように解説しています。 なおこの本は済州4・3事件をテーマにするものですから、その事件に関連付けて解説されています。
海州会議: ‥‥北側は、南の単独選挙に対抗して、独自の議会と政府づくりを目指した南北両地域での統一選挙の方向を打ち出す。 北朝鮮地域では、直接、最高人民会議代議員(国会議員)を選出するものとされたが、それが難しい南では地下選挙で選ばれた代表者が北朝鮮の海州で「人民代表者会議」を開いて代議員を選出するという間接選挙の方式が取られた。 7月、済州島でもこの地下選挙が実施され、8月初めには、武装隊司令官・金達三など6人の南労党幹部が「人民代表」として密かに済州島を抜け出し、北に向かった。 海州の会議(8月21〜26日)では金達三が演壇に立って済州島での「戦果」を報告したが、そのことは、済州島の蜂起勢力と北との結びつきを公然と示す結果となった。 4・3事件は、その出発点では警察や右翼の横暴に対する自衛的な反撃という性格を帯びていた。 しかし、いまやそれは、南北の分断政権の正統性をめぐる争いの文脈にはっきりと位置づけられ、国際冷戦の最前線に生まれた南北の分断政権が交えるかもしれない“熱戦”の前哨戦としての意味をもち始める。 (『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』 263〜264頁)
「海州会議」で検索すると次のような論文で触れられており、この文さんの解説には根拠があるものと判断できます。
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