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−−なぜ今になって問題を提起したのか。
「被害者が願っていないことはするべきではないのではないか。 私の考えでは歴史観を広げて教育観を作り、正しく教えることが重要だ。 一言で言っても、正しく教えることが重要だ。(水曜集会に)出たところで学べることは一つもない。 謝罪しなさい、賠償しなさいというが、何のためにするのか知っていて言っていることだろうか」
−−前回の記者会見で水曜集会をやめるべきだと主張したが。
「学生たちは寒い日も暑い日もやって来て座っていて、貯金箱をはたいて持ってきたお金を疑いもなく受け取っていた。 私はその学生が本当に残念に思った。お金を受け取るのであれば、それに追加してお昼ご飯でも食べさせて帰らせるべきだ。 おばあさんをかわいそうに思って来る学生たちに正しい歴史勉強を教えるべきなのに、(挺対協は)自分たちの運営で忙しい。 そろそろ学生たちが正しい歴史を学ばなければならないということだ。大韓民国の学生たちが大韓民国の主人だ。 日本の学生たちと交流してみてこそ何が正しいのか、誤りなのかを知るようになるだろうと考える。 1993年度から(挺対協)証言集が出ているが6500ウォンで売って収入をあげている。 (その時は)証言集が何かも知らなかった」
−−水曜集会には本当に行かないのか。
「今はもうとても気力がない。 行ったところで私しかいない。 被害者がいないデモ(集会)をなぜするのか。 被害者がいるから学生たちが来るのに、私はその学生をこれ以上苦労させたくない。 ないお金を受け取って使うのが嫌だ」
−−慰安婦被害者を「性奴隷」と表現することをどう思うか。
「慰安婦という名称は変えてはいけない。 性奴隷というが、とても汚くて嫌で仕方ない。 尹美香に話した。 だが『こう表現してこそ米国が怖がる』と(言っていた)。 だから私が『その言葉はやめなさい』『とても恥ずかしい』『私はなぜ性奴隷なのか』(と言った)」(※正義連の正式名称に「日本軍性奴隷問題解決のための」という表現が入っている。)
−−記者会見の背景をめぐって外部が介入したのではないかという疑惑も出ている。
「1年間、一人で悩んで決めたことだ。 崔容相(チェ・ヨンサン)(行こう!平和人権党代表)には記者を紹介してほしいと言っただけで、それ以外は何もない。(※尹氏と共に市民党は崔代表が比例代表公薦から落ちたことに不満を抱いて李さんが記者会見を開くように仕向けたと主張した。)チェ・ポンテ(弁護士)は(7日)記者会見以降は会ってもない。 その人がメディアのインタビューで、私が政府の無責任な態度のせいで記者会見を開いたというが、それもその人の意見にすぎない(※2011年憲法裁判所が日本軍慰安婦問題解決のために政府が努力しない不作為状況は違憲だと決めたが、当時訴訟を提起した当事者が李さんら慰安婦被害者で、チェ・ポンテ弁護士は訴訟代理人として参加した。チェ弁護士は李さんの記者会見の後、メディアのインタビュー等を通して『李さんが慰安婦請求権に無関心な政府に怒った』などの意見を出した。)」
−−今の率直な心境は。
「私は長生きしすぎたのではないかと、そういう気がしながらも、金学順(キム・ハクスン、※91年に慰安婦被害事実を最初に公開証言した被害女性。97年に亡くなった)が始めたが、李容洙が終えなければなければならないと決心すると心が軽くなった」
−−金学順さんが始めたことを李さんが終えるということはどういう意味なのか。
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