小倉紀蔵さんは朝鮮思想史の専門家で、『韓国は一個の哲学である』『朝鮮思想全史』等の著作があります。 私もよく参考にしています。 彼のインタビュー記事が2018年9月4日付けの毎日新聞紙上で「建国70年・北朝鮮の『論理』 小倉紀蔵さんと考える」と題して掲載されていました。 [URL] 彼は次のような発言をしています。
(主体思想は)中ソ対立を背景に独自路線を進むためのバックボーンでしたが、一番、有効だったのは韓国に対して優位性を示せたことです。経済発展は遅れていても、北朝鮮は自立的な国であり、アメリカのかいらいで主体のない韓国とは違うんだとなる。 いまの韓国の左派政権をはじめ、なんとなくリベラル志向の市民たちはこうした北朝鮮の論理に近づこうとしています。 金正恩さんとしてはここが勝負どころだと踏んでいるかもしれません。
なるほど、これはその通りだろうなあと思いました。 次にインタビュアーが、平壌で反米集会がなくなり労働新聞から「反米」の文字も消えた、北朝鮮は反米思想を捨てたのだろうか?と問うたのに対し、次のように答えます。
反米思想そのものが目的ではなく、国が豊かになることが目的であり、金正恩さんはそれに向かい果敢に挑もうとしているように見えます。 振り返れば、朝鮮は思想の純粋性を激しく追求してきました。 安全保障や統治権力の安定のためです。 ところが国家と共同体の成員の生命が劣化すると、電撃的に新しい思想が生まれ、社会を変革していく。 金正恩さんも主体の看板を下ろさないでしょうが、しかるべき時点で思想の概念を変えなくちゃいけないと考えているはずです。
ここまで来ると疑問が出てきます。 「国が豊かになることが目的であり、金正恩さんはそれに向かい果敢に挑もうとしている」なんて、ホンマかいな、そりゃないでしょう、と思います。 また「振り返れば朝鮮は‥‥国家と共同体の成員の生命が劣化すると、電撃的に新しい思想が生まれ、社会を変革していく」というような朝鮮の歴史が本当にあったのか? 具体的にどの歴史事象を指しているのか?と疑問が湧いてきます。
ポンペオ国務長官がこう言いましたね。 韓国と同じレベルの繁栄を達成できるよう協力する用意が出来ている、と。 金正恩さんはこの発言に魅力を感じたに違いありません。 彼は留学の経験もあり、西洋志向がある。 観光立国、そして、よりスマートな頭脳立国、科学立国へまい進しようとしているのではないでしょうか。
小倉さんが何故こんな発言をしたのかと訝しく思います。 金正恩の就任後、人民への変わらぬ仕打ち、そして張成択の粛清や金正雄の暗殺など、とてもじゃありませんが「西洋志向」ではないでしょう。 また訪北した米国人青年や日本人青年の逮捕・拘束、特に米国人の場合は帰国直後に謎の急死をしています。 果たして「観光立国」する気があるのでしょうかねえ。
「よりスマートな頭脳立国、科学立国へまい進しようとしている」としていますが、私にはかつてオーム真理教が優秀な科学者を動員してサリンやVXを開発したのと同じことのように思えます。
さらにインタビュアーが、北朝鮮人民はひもじく、劣悪な人権状況にありながらも、体制変革へ踏み出さない、監視社会の恐怖ゆえなのか?と問うたのに対して、次のように答えます。
朝鮮王朝の支配階層である両班は天の道徳的な価値を体現しているから偉かったんです。農民や物売りは体現しなかったから卑しかった。 でも、王朝末期に現れた東学の思想は天の価値はすべての人が担えるとの考えを打ち出す。 画期的な平等主義です。 北朝鮮も東学の影響を受けている。 金日成主席の座右の銘は<以民以天(人民を天のごとくみなす)>。 人民たちは肉体は抑圧されていても、頭の構造としては抑圧されていない。 自分のなかにある天をうやまうのですから、心地いい。
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