「三韓」の用例(3)―日本古代
2015-06-18


大化の改新時の朝鮮半島では、この高句麗・百済・新羅の三国が統一に向けて互いに戦争をし合う時代に差し掛かるところです。 とてもではありませんが、平和で仲良くという時代ではありません。 とすれば、大化の改新における「三韓」は高句麗・百済・新羅の三国ではないのは確実といえましょう。

 つまり『日本書紀』における全ての「三韓」の用例では、馬韓・弁韓・辰韓を明確に指すものは皆無です。 結局『日本書紀』では、「三韓」は高句麗・百済・新羅の三国を指すものと、三国を含んだ朝鮮全体を指すものとがある、しかし馬韓・弁韓・辰韓を指すものはない、ということになります。

 以上をうまく説明しようとすれば、推測を重ねて私見を言うしかありません。 それは、「三韓」は朝鮮全体を一つのまとまりとして表現したものだということです。 つまり「三韓」は「三つの韓」ではなく、あるいは三つの国でもなく、「三韓」で朝鮮全体を表す一つの言葉なのです。 この「三韓」が七世紀までに高句麗・百済・新羅の三国に整理され、最終的に新羅によって統一されたのです。

 大化の改新の際の「三韓の調」は高句麗・百済・新羅の各国に課した「調(貢ぎ)」ではなく、「三韓」=朝鮮全体に課した「調」であると考えています。

「三韓」の用例(1)―中国古代   [URL]

「三韓」の用例(2)―朝鮮古代   [URL]

「韓」という国号について(1) [URL]

「三韓」は朝鮮の国家と民族を表す [URL]

「三韓」は朝鮮でも使っていた  [URL]

矢木毅『韓国・朝鮮史の系譜』(2)[URL]

矢木毅『韓国・朝鮮史の系譜』(3)[URL]

矢木毅『韓国・朝鮮史の系譜』(4)[URL]


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