ある在日の通名騒動記
2013-07-16


 二十年以上前の話ですが、金(通名は「長谷川」―仮名)さんという在日韓国人と知り合いになりました。アメリカで長年生活していて、永住権を申請しようとした時のことです。

 日本で生まれたこと、および日本での学歴を証明するもの等々の書類を準備せねばならないとのことで、日本に帰国した際に役所で出生証明書、各学校で卒業証明書を発行してもらいました。

 彼は幼い時からずっと「長谷川」という名前でしたので、各卒業証明書はすべて「長谷川」となっていましたが、出生証明書には「金本」という、それまで聞いたことのない名前となっていました。ビックリして母親に聞くと、昔はそんな名前だったが、死んだお父さんがいつの間にか「長谷川」に変えて、ずっとその名前でやってきたと言います。しかし改名がいつ頃で、また何故変えたのかについては知らない、もうお父さん亡くなっているから全く分からない、とのことでした。

 アメリカへの永住権申請には、出生時の通名「金本」、その後の通名「長谷川」という名前の書類が提出されることになります。次にこれが同一人物であることを証明せねばなりませんが、日本の役所は通名がいつ、どのように改名されたのかという証明を出してくれません。そういう書類自体が残っていないのでしょう。

 従って在日の登録通名の任意の変更の場合は、同一人物性の証明が意外と面倒なものです。これが例えば婚姻や養子縁組などによる改名でしたら、同一人物の証明は簡単なのですが、通名の変更の場合、特に本名を併記していない通名のみの書類は、同一人物性の証明がかなり難しくなるのです。本名併記のない書類は、面倒でも通名は違っても本名・生年月日・性別が一致するという書類を整えて、何とか証明できることになりました。

 ところが今度は何故改名したかの事情を説明する必要が出てきました。父親が亡くなっていて改名の実際の事情を知らないので、これが困ったのです。彼は仕方なく、日本では在日朝鮮人への差別が厳しく「金本」という朝鮮人らしい名前では差別を受けるので、「長谷川」という日本人らしい名前に変更したという理由を作りました。これで本当に永住権申請をしたのかどうかは、連絡がなかったので分かりません。

 以上のような経過を知って、私は二つの点で驚きました。一つは、当時は在日の通名(日本名)の淵源は戦前の悪名高い創氏改名政策にあり、日本は在日の民族性を否定し、同化を強要するため無理やり通名(日本名)を名乗らせているのだという通説がまかり通っていたからです。この通説に基づいて、民族差別と闘う団体は日本社会へ激しい闘争を繰り広げていたのです。

 しかし在日の通名(日本名)は創氏改名とは関係ない場合があるということ知ったのでした。当時の私は差別と闘う団体と同じく、在日の通名はすべて創氏改名によるものと思い込んでいましたから、驚いたものでした。

 また在日は通名(日本名)を強要されたのではなく、自ら進んで命名することができたという点にも驚いたのでした。   つまり在日の通名(日本名)は日本からの同化圧力によるものではなく自らの意志であり、或いは在日社会に「自分たちは日本に住んでいるのだから日本名を名乗るのがいい」という共通認識があったからだと分かったのでした。

 このような経験によって、民族差別と闘う団体が推進した「通名を捨てる」「本名を呼び名乗る運動」への疑問が湧き出てきたのでした。

 ところで今は在特会という団体が在日の通名禁止を叫んでいます。これは上述の民族差別と闘う運動と同じく、間違った認識に基づく主張であることは繰り返し説明してきました。

 かつての「左」がウソの知識を信じ込んで通名を捨てろと主張したのと同じように、今度は在特会という「右」がデタラメ知識で通名禁止を主張しているのです。

 左も右も、結局は同じ穴のムジナの存在です。

【拙稿参考】

第21題 「本名を呼び名乗る運動」考  


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